日本の中の異文化

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思い出の香港

今から約12年近く前の事になりますが一人娘と主人と私の3人で家族旅行を計画しました。
娘が小学生の時の所属していたスポーツクラブの親子ボーリング大会の景品で当時密かなブームであった50万たまる貯金箱を貰った事に始まります。
直径約20センチ高さ約30センチ位の円柱の貯金箱に100円玉が一杯のなると50万円になると言う貯金箱です。
その貯金箱を貰ってから一杯になったら3人で海外旅行の行こうと目標をたて毎日せっせせっせと100円貯金を私は始めました。
いい事があった日には100円余分に貯金したりして10年くらいたつと貯金箱は重くて片手では持つ事が出来ない位になり100円玉を入れてもチャリンと音がしなくなり100円玉がとうとう押し込まないと入らなくなった頃、目標友達に頼んで予約をしたのですが主人が間際になって長期の休みが取れないから行き先を変更しようと言い出しました。
私にはありえない話だったのですが仕事と言うので仕方がないのでキャンセル料を払って香港旅行に変更しました。
その香港旅行が私達家族にとって最後の家族旅行になりました。
実は当時私は密かに離婚を考えていました。
家族旅行を楽しそうに計画しながら心の中で「これが最後の家族旅行になるかも知れない」と思っていました。
家族で行った香港は想像以上に楽しく波乱万丈の旅行でした。
私が熱を出して娘に看病してもらったり中華料理にうんざりしてマクドナルドに行ったことや道に迷って言葉が通じずに困った事、熱の為に首のリンパ線が腫れて片言の英語でサロンパスを買って顎に張り鎮痛剤を買った事、子供だと思っていた娘が以外にも行動力があって学校で習った英語をフル活用して現地の人と会話をしていた事です。
親子3人で同じ部屋で眠るのも何年ぶりだろうと思いながら誰が簡易ベッドに寝るのかと揉めながら娘と同じベッドで眠った事を懐かしく思い出します。
熱を出した私の為にフロントで片言の英語で体温計とアイスノンを借りてタオルで頭を冷やしてくれた事が今でも忘れる事が出来ません。
観光と一番の楽しみだった買い物よりも心に残る思い出となりました。
結局、私の予感通りに主人とは家族旅行から1年もたたない内に離婚をしました。
香港旅行は娘にとって家族3人の最後の楽しい思い出になってしまいました。
娘には悲しい思いをさせた事は今でも申し訳なく思っていますが香港旅行で家族の思い出を残す事が出来たと思っているのが私の唯一の救いです。